今週末(10月18日・19日)、大阪で開催される動物臨床医学会 年次大会で発表します。
演題は、
「犬の飼い主の訴えと紹介を契機に発見された猫の重度歯周病2症例」。
スライドを仕上げながら、改めて“臨床現場での信頼と連携”の意味を考えています。
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飼い主の気づきが、すべての始まり
きっかけは、犬の飼い主さんの一言でした。
かかりつけの動物病院で2匹の犬の歯石除去を受けていた方が、
別の犬(重度の歯周病で、肝臓数値が高く麻酔を断られていた犬)を当院に連れてこられました。
当院で検査を行うと、麻酔に問題はなく治療が可能。
結果的にすべての歯を失いましたが、感染源を除去したことで体調がみるみる回復。
歯がゼロ本でも、ドライフードを元気に食べています。
その様子を見た飼い主さんは、
「先月歯石除去した2匹の犬も、詳しく検査してもらえませんか?」と申し出られました。
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再検査で見えてきた“現実”
当院で麻酔下に歯科レントゲン検査と歯周ポケット測定を実施したところ、
2匹とも抜歯レベルの重度歯周炎が多数見つかりました。
歯肉の赤みは消えていたものの、見えないところで骨が腐食していたのです。
飼い主さんは冷静にこう話してくださいました。
「先生が嘘をついたわけではなく、歯科を学ぶ機会がなかっただけなんだと思います。」
そして、そのことを主治医に丁寧に報告されました。
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信頼が生んだ、もう一つの連携
この“直訴”を受けたかかりつけ獣医師は、
「では他の猫たちも見てもらえますか」と、
重度歯周病の猫2匹を当院に正式に紹介してくださいました。
最初5歳の猫で、左右の犬歯が抜けてそのまま
下の臼歯も無くて顎の、中に残った歯の根があり
それを撤去しました。
家に4歳になりたての猫がいるとのことで
「歯石に関係なく、猫も予防歯科ですよ!」と勧めて、来院していただくも、5歳の猫の何倍も酷い
状態でした。
その猫たちの口腔内を調べたところ、
歯槽骨内に犬歯と臼歯の残根が確認され、
長期間の違和感の原因と歯がうわっていた骨である歯槽骨への感染が明らかになりました。
二匹目の4歳になりたての猫ちゃんです!
猫は吸収病巣という状態に、なることがありますが
歯周炎に途中なると、感染した残根となることがあり
骨を腐らせることがあるのです。
最初診察の頃は何回か口を見せに行かれていて「異常無し」とか「様子をみて下さい」とインターベリー等を処方されていたそうです。
それでも、飼い主さんはその獣医師を深く信頼しており、「紹介してくれたことに感謝している」と話してくださいました。
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獣医大学では「歯科を学ぶ機会がない」という現実
日本の獣医大学では、歯科のカリキュラムが存在しません。
歯科を専門的に指導できる教員が不足しているためです。
私も25年前に卒業した当時は、「歯石を取る=歯科治療」だと思っていました。
しかし実際は、犬猫の歯科は口腔外科の領域。
歯を支える骨や歯根膜が菌で破壊される「歯周炎」は、
全身の健康にも影響する重大な疾患です。
私はアメリカ獣医歯科専門医の先生に師事し、
3年間でアメリカ獣医歯科学会の実技トレーニング全課程を修了。
今も日々、臨床と学びを続けています。
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「紹介」は、信頼の証
紹介は「苦手だから手放す」ことではありません。
“患者を最も救える場所に導く”という行為こそ、プロフェッショナルの証。
今回のように、かかりつけ医が他院に紹介する姿勢は、
むしろ飼い主との信頼をさらに強くする結果を生みました。
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飼い主の気づきと定期検診の大切さ
犬の飼い主さんは歯磨きを習慣にしている方も多いですが、
猫の飼い主さんは「口の中を見たことがない」という方がほとんどです。
歯石がついても、歯周病の原因は**その下の“菌”**です。
「年を取ったら歯が抜ける」は誤解。
適切なケアを続ければ、犬も猫も生涯自分の歯で過ごせます。
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専門を越えて、連携する医療へ
私は歯科だけでなく、皮膚科・耳科も専門としています。
歯科25年、皮膚科17年、耳科12年。
この3つを貫くキーワードは「連携」。
歯・皮ふ・耳はすべて“炎症”でつながっている。
それぞれの分野をまたぎながら、命の根本に向き合う診療を行っています。
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おわりに
今、17歳のうちの猫を膝に乗せながらこの文章を書いています。
動物病院という場所は、
悲しみも喜びも希望も、すべてが詰まったあたたかい場所。
獣医師も飼い主も、みんな同じ気持ちで繋がっています。
「この子を守りたい」
歯科を、連携でつなぐ。
それが、動物たちの未来を守る第一歩だと信じています。